母さんは花のような匂いがした。

笑顔が優しくて、あったかくて、色が白くて小さくて綺麗だった。
いつも着物を着ていて、じゃれる度に怒られた。


「こら、清。着崩れしちゃうでしょ?」


決して強く怒鳴るようなことは無かった。死ぬまで一度も。
いつも笑顔で俺を叱ってくれた。


 俺の家は代々続く大病院を運営している家系だった。

奏芽の名前を言えば知らない人間はいない。
政治家から有名人、はたまた裏の人間まで来る始末。時折匿ってやったりもしてた。


父親の佐兵衛は厳格な人間で、笑った顔なんて見たことが無い。
母さんが死んだ時も涙一つ流さなかった。

母親の松子は俺の自慢の母親で、誰にも渡したくない人間の一人だった。
なんであんな親父と結婚したのかずっと気になっていた。

姉の紗代子は美人で勝気な性格だった。
一度決めたら諦めることを知らず、一心にそれにむかってひた走る。
だからバンドをやるなんて言い出したときも親父と大喧嘩してた。

そして俺、挿袈清も姉と似て扱いづらい子どもだったと思う。


ってかこの名前なんだよ。子どもながらに思った。

親父が佐兵衛で母親が松子、子どもが紗代子に挿袈清。
なんだよこれ。犬神家の一族じゃねえか。呪われてんじゃねえの?


そんな呪われた一族の名前なんてつけるからいけえねえんだよ・・・。

だから母さんが死んだんだ。



大好きだった母さんは、俺が中学に入ってしばらくしてから死んだ。


悔やんでも悔やみきれなかった。




俺は本当に母さんが大好きだったから。