猫とうさぎとアリスと女王

 何着か服を着ていると、彼は同じようなことを何度も言う。


「何着ても似合っていいね。どれもいい感じだな。」


僕はそんな彼にうんざりした。
だからほんの少し、意地悪をしてやろうと思ったんだ。


「そんなにへらへら媚売って楽しいですか?」


鏡越しに彼を見て僕はそんなことを投げかけた。
彼は表情を変えずに答える。


「俺が媚売ってるって?」


やっと本性を出したみたいだ。証拠に“俺”って言ってる。


「父と母ならまだしも、僕にまでそんなことして。スタッフの方は皆そう思ってるんじゃないですか?」

「俺はそんなことした覚えないけど。
純粋にこのブランドが好きで、社長の人柄が好きでそうしてるだけだ。

なのに何を話しても面倒臭そうに作り笑い、無難な返事しかしない、お母さんが気遣ってくれた計らいもやっつけ仕事、挙句の果てに店員に“媚売ってる”なんていう飛絽彦君の神経を疑うけどね。」


僕は彼を睨んだ。鏡越しでは無く、直に。
言い方が頭にくる。


「年頃の男の子だから、反抗したくなるのはわかるよ。
でも礼儀ぐらいはもう少しあってもいいんじゃないかな?」

「・・・コネで仕事を取るような人に言われたくない。」


彼はため息をついて手を止めた。


「少し、話をしようか。ついでに髪も切ろう。その髪型じゃ少し野暮ったいからさ。」


嫌がる僕を無理矢理引っ張り、彼は店を出た。