母はよく仕事で話しこむときに、自宅を使う。

僕は何度かそれを目にすることがあった。
部屋に行くときに丁度すれ違ったり、母に呼び止められて紹介をされることがあったから。

この日も学校から帰ってくると、いつもの部屋から話し声が聞こえた。
けれど声色がいつもと違う。
いつもは真剣に話しこんでるっていう感じの声だけど、この日は談笑して楽しんでいるって感じだ。

そしていつも通り部屋の横を通ると母に呼び止められた。


「ちょっと、飛絽彦!挨拶ぐらいしなさい!」


僕は一度通り過ぎた部屋に引き返した。うんざりした顔を作り笑いに変えて。

目の前にはいつも来る仕事関係の人よりも幾分か若い男性がいた。
二十四、五歳くらいかな・・・。


「日比谷君、こちらが息子の飛絽彦。」

「シイナ、ヒロヒコです。」


僕はそう言ってぎこちなく挨拶をした。


「日比谷と申します。眞由美さんにはいつもお世話になってます。」


彼は僕に深くお辞儀をした。

眞由美というのは僕の母の名前だ。

社長の息子とはいえ、こんな年下の人間にまで頭を下げなきゃならないんだ。
僕は心の中で哀れだとさえ思った。


彼は髪の色が赤かった。

それは決して下品な真っ赤な色では無くて、光の加減で微妙に赤く見えるような上品なものだった。
僕はその赤が凄く芸術的だと思った。


その後すぐに部屋にこもって筆を取り、絵を描いた。

深紅の薔薇ばかりを何枚もスケッチしては着色した。


けれど、彼の髪のような綺麗な赤は出なかった。