ほのかに冥い光を放つ、不思議な水晶があった。
それは随分と昔からイエヘンに伝わる魔法の羅針盤で、フィユーを召喚する為に使われる唯一無二の宝だ。
 トゥエンティはこの世界で20年程前にイエヘンの大神官に召喚されたフィユーで、爪の先までもが銀色の美しい乙女である。
 フィユーは銀色の妖精とも呼ばれ、元来イエヘンには生息していない。
それは次元の狭間、時の向こう側、世界の中心の世界樹の幹から生まれ出でるという未知の妖精でもあった。
イエヘンでは代替わりし新しい大神官がその地位につくと、フィユーを召喚する儀式を行う。フィユーを見事召喚しその右腕として初めて、その大神官は大神官の任に就くことが出来る。
 トゥエンティはイエヘンの暦で、真昼の時、真東暦5821年に、歴代神官中最年少でその地位についた、ウルトピのフィユーとして、この地に召喚された。
新円の真逆と呼ばれるフィユー召喚の羅針盤に導かれ、この地に降り立ちウルトピの右腕となった。
 トゥエンティとはウルトピに名づけられた鎖名であって本名ではない。
召喚されたフィユーの例に漏れず、トゥエンティはこの地に召喚されたとき、自分の名前も自分の出自もなにもかも忘れ去ってしまっていたからだ。
 真名を思い出さない限り、トゥエンティはウルトピの支配下から逃れることはできない。鎖名はそう言うものだ。しかし、いわゆる捕虜や捕縛されたものと違ってフィユーはとても大切にされた。
実際トゥエンティはウルトピが嫌いではないし、むしろ居てくれなかったらどうしていいのか解らなかったと思う。
このイエヘンにおいて最も地位が高く神聖視されるものは大神官であり、彼の前では一国の王も膝をつく。しかしフィユーの前ではウルトピが頭を下げる。つまりこの世界においてはフィユーは真に最高位の存在なのだ。神にも等しい存在で、大神官と言えどもめったな事はできないのである。だからトゥエンティは別に何かに怒っているわけではないし、今の生活が嫌なわけでもない。記憶がないので呼び出されたことで失ってしまったものが何かがあるのかも知れないが、それがなんなのか解らないから怒り様もない。ただ途方に暮れただけだ。
でも今なら思う。自分が生まれ故郷に置いてきてしまったかも知れないものを。
でも、それも今は昔の事だった。