しかし願いは届かなかったようで、彼は廣岡さんが出勤していない数日後に来店した。

私はその日レジには立っておらず、お客様の対応をしていた。
取り寄せの注文を伺って直ぐに、別のお客様に声をかけられ、英語の試験問題の参考書をご案内したのだけれど、どれが良いかと尋ねられ、長々とお客様のお相手をした後のことだった。

彼は私を覚えていたらしく声をかけてきてくれたのである。


「Thanks for your help then.
 (先日はありがとう。)」


相変わらず、低くて心地のいい声の持ち主で、年はあまり変わらなさそうだけど、落ち着いていて彼らしさを感じさせている。


「No problem, sir.
 What are you looking for today?
 (今日も何かお探しですか?)」

「Well...」


他のお客様と同様に私は店員として尋ねたのだけれど、もしかすると彼はお礼を言いに来てくれたのかもしれない。そうだとすればこの質問はまずかったなぁ、と考え込んだ様子の彼を見て、私まで困ってしまいそうである。
何と言っても、私はまだ勉強をし直し中であって多くは話せない。

私があたふたとし始めたときに、彼は顎をしゃくりながら、色素の薄い茶色の目を遠いどこかへ向けていた。