自転車を漕ぎ出すと、生暖かい風も幾分かましになる。


「はぁ……足がダルい」


思わず呟く本音も、近くを走る車の騒音によってかき消されていく。

それでも、信号待ちで止まると少し汗が落ちてくるので、私は自転車の前かごにある鞄の中からタオルを取り出し、それを拭った。


「早くエアコンの効いた部屋で涼みたーい」


マンションのエントランスでも独り言を放ち、狭いが便利なエレベーターの中に乗り込む。

目的の階に着き、エレベーターの扉が開く。

鞄の中から玄関の鍵を探りながら降りると、


「うっ……すみません、よそ見してて」

「いえ、こちらこそ
 扉のど真ん中に立っていましたし」


同じ階の人にぶつかってしまうとは、最近で2回目ではないだろうか。

下げていた頭を上げて、通り過ぎようとしたが、思わず相手の人をもう一度見てしまった。


「あっ、えっ……今、日本語を……」


最近は見かけていなかったが、忘れるはずもない。


「んー、思わぬ落とし穴ここにあり」


彼が呟いた言葉も耳に入らず、失礼にも人に指を指し、私は口をパクパクさせていた。