雪に消えたクリスマス

「私の祖母は、私がまだ幼い時になくなってしまいましたが、祖母はいつも、自分がまだ若かった時の恋愛の話を私に話してくれました。この場所は、祖母が大好きだった場所なんです」
 彼女のその言葉は、自分も、この場所が好きなんだと言っているように聞こえた。
 見上げると、コバルト色の空と、白銀の雲、木漏れ日の光が、草原のステージでダンスを
披露している。
 男の子は、桜の木に登って、枝に腰をかけ、そんな、光がダンスする様を見て楽しんでいる様子だ。 
「あの子ったら、本当にヤンチャで、いったい誰に似たんだか…ここだけの話ですけれど、私、話で聞いた祖母の初恋の人に、恋をしてしまったんです。おかしいでしょ?あの子の名前、私の祖母の初恋の人の名前をつけたんですよ」
 そう言った彼女は、悪戯っぽい笑みを見せて、本当に幸せそうだった。
「へぇ、なんていうお名前なんですか?」
 俺が質問すると、彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「あの子の名前は………」
 ガッチャン。
 それは唐突で、先ほどまで見えていた緑の丘も、咲き誇っていた桜の花も彼女も全て消えて、只、重そうな木の扉が、俺の前にそびえ立っていた。
「今のは…いったい………?」
 そこは、俺が入ってきたビルの中だった。 今の今まで、俺は確かに彼女と会話をしていた筈である。
 まだ、緑の風に、ほんの少しだけ甘い桜の香りが鼻に残っている。
 しかし、ここは確かにあのビルの中だ。
 白い壁、青い床、そして、並んでいる木の扉…。
 では、さっきのはいったい?
 俺は、目の前にそびえ立つ木の扉を眺めたが、再びその扉を開けようとは思わなかった。