雪に消えたクリスマス

 大きな桜の木、緑の丘、針葉樹の林に見下ろす街の風景…。
 そう、これはあの丘だ。
 しかし、何故ここに、あの丘が…?
 戸惑いを隠しきれない俺の目の前を、桜の花弁が通り過ぎる。
 風に乗った桜の花弁が、まるで雪のようだ。 その花弁の向こうに、誰かいる。
 長い髪を風になびかせて、桜の木の下で編み物をしている女性…。
 時々桜の枝から漏れる太陽の光を、眩しそうに手で遮って、幸せそうに微笑んでいる。
 俺は、そんな彼女を、遠くから眺める。
 彼女が俺に気づいた様子はまるでない。
 不意に、悪戯な風が彼女の傍らに置いてあった毛糸の玉を奪い取って、緑の丘の上へと放った。
 彼女は「あっ!」と、慌てて毛糸玉に手を延ばすが、毛糸玉はそんな彼女の白い手をいとも簡単にすり抜けて行く。
 毛糸玉は、丘をコロコロと転がり、俺の足下で一度跳ねると、やっとその動きを止めた。 
 それは、薄い青色の毛糸玉だ。
 俺が、その毛糸玉を拾うと、丁度、彼女がこちらへやってくる。
 毛糸玉を追いかけて、随分走ったのだろう、髪を振り乱し、肩で息をしている。
「あ、あの…ありがとうございます」
彼女は、毛糸玉を拾った俺に気づくと、息を切らしながら、やっとの思いでそれだけ言うと、地面を見つめながら、まだ肩で息をしていた。
 彼女は、しばらく肩で息をしていたが、それも、時間が経つにつれて、徐々に治まってきた。
「…これ」
 俺は、彼女の息が整ってきたのを確認すると、今拾った青い毛糸玉を彼女に差し出す。
「あ、ありがとうございます…」