本田家のある美濃という地域は、戸数八十の農村である。専業農家はなく、どの家庭においても兼業農家になっている。中には、農作業を嫌い、田畑を人に譲って気楽な勤め人の暮らしをしている者の家庭が少しずつ増えている。

家歴は明治以前からある家が六割で、残り四割は古い家からの分家である。余所からの来住者は皆無である。したがって、各家の家族構成はもとより、その家の飼い猫の様子まで各々が熟知するような関係の地域である。
                                        本田家の当主は、正明で年齢は四十四である。正明は和己らの伯父で、交通事故で亡くなった和己の父親の兄にあたる。職業は町会議員であり、さらに木工所を経営している。木工所は自宅から徒歩三分の田んぼの真ん中に建てられている。酒好きで、飲むと説教癖があるが、仕事熱心で、人間としての実があり、義理人情の気が強いと評判の人である。

本田家の家族構成は、和己らを省き、四人である。当主の妻智子は四十歳。最寄り駅から五つ吉野よりの小さな農村に実家が今もある。きれい好きで、神経質な面が目立つ。いつも怒ったような顔つきで、和己らに接している。一人娘を猫可愛がりしている。

当主の長女真理は一人娘で十九歳である。大阪まで短大に通っている。大切に育てられ、増長している。誰にも挨拶はせず、態度が悪いとの風評がある。本田家に三台ある車のうちで、四輪駆動車に乗っている。ブスで目がつり上がっていて、男知らずとの噂がある。
当主の母親照江は、家付き娘であり、亡くなった養子の祖父を小馬鹿にしてきた。祖父の寝言が酷かったので、広い中庭にプレハブ式の平屋を建てさせた。そこへ一人祖父を押し込んだとの噂が囁かれている。祖母の年齢は七十だが、腰が大きく曲がってしまい、八十のお婆さんのようになっている。人柄は短気で、口が村一番悪く、誰もが恐がっている。
本田家の最寄り駅は、家から徒歩十分ほどのところにある。近鉄青田駅である。無人駅に等しいような寂れたところで、駅員は二人。列車からパラパラとおりてくる人たちを出迎え、切符を回収している。駅前に喫茶店やコンビニはなく、古い商店が少しある。