「第一の一」
「ええか。ようきくんや、ええな。」とおもいつめた様子をみせて、四歳上の兄である小川和己が弟の雅美の両肩に手を置いていった。弟の目は怒ったようにキッとなっている。「おれが、おらんようになったら、おっさんには知らんというんや。知らん間にでて行ったというたらええ。ええな、大阪へ向かったことは内緒やぞ。」和己はそういうと、弟の肩から手をはなして立ち上がった。

「兄ちゃん。ほんまにこの家をでて行くんか。」和己は下からそうきかれると、弟の座っている畳へ座りなおした。「ほんまやとも、おれはもう決めたんや。」和己はそういうと鼻の穴をふくらませた。

二人は本田家という旧家の離れで暮らしている。離れの家は、プレハブ住宅で、二人が暮らしはじめた五年前には、本田家の祖父が単身で暮らしていた。祖父の死亡により、空きとなった建物へ十歳と六歳の二人がまるで押し込められるような感じで入居した。

本田家とプレハブ住宅とは、直線距離になおすと十メートルは離れている。本家へは食事のときに呼ばれて、台所にあがりこむぐらいである。二人のおじがウイスキーに酔ってるときは、座敷へ呼ばれることも、たまにはある。

本田家は地域一番の大きな家が誇りである。山も田んぼも所有する裕福な兼業農家なのである。当主は町会議員を二期つとめている。家は門構えであり、門を入ってから、玄関まで十メートルはある。玄関は白木の格子戸で、一枚が幅二メートルある特注品である。

玄関は靴が何百足も並べることができるほど広く、備えつけられた下駄箱がどーんと鎮座している。玄関に立つと、広い空間がみえる。部屋が左右にあることが戸の位置でわかる奥がどうなっているのかは、玄関の先に置かれた木製の衝立が邪魔になってみえない。衝立の陰へは、和己や雅美が十人ほどが隠れることができる。

本田家の周囲は、同じような門構えの家が並んでいる。塀や門が格式を物語っている。どの家も玄関の戸をピシャリとしめて、誰も寄せつけない感じがしている。
「第一の二」(日常の世界~二人と本間家の関係)