「帰る前に一曲だけリクエストしてもいいですか?」


「いいですよ。私が弾けるものなら」


鍵盤を見つめたまま、そう答える。


「カノン。パッヘルベルのカノンが聞きたい」


パッヘルベルのカノン。


卒業式や結婚披露宴でもよく使われていて、有名な曲だよね。


でも、私は・・・


「すみません、先生。私、カノン弾けないんです」


そう言って笑顔を向けると、内田先生は少しびっくりした顔をしていた。


「弾けませんか?あなたの実力なら、簡単だと思ったんですけど」


「弾けないというか、嫌いなんです、カノン」


また私は鍵盤に目線を落とす。


そっと手を置き、カノンの曲で最も有名な部分を軽く弾いてみる。


でもすぐに手が止まってしまった。


「カノンは、嫌いです。花音は・・・」