蝉時雨を追いかけて

 

***


「よかった、きてくれたのだね」


 約束通りテニスコートへ行くと、拓馬はすでに藤色の試合用ユニフォームに着替えていた。

もしかしたら拓馬は、ユニフォームが紫だからこの学校を選んだのかもしれない。


「ああ、約束だからな」


 約束だから。それに、罪悪感もあった。

おれは北村麗華と浮気なんかしていないし、これから先もずっとないだろう。

それなのに、「これがきっかけで拓馬と北村麗華が別れて、おれにチャンスがくるかも」という気持ちが少なからずあった。


「早速始めようか。麗華をかけて」


 拓馬はラケットを強く握り、おれの胸に向けた。

その瞬間、拓馬が顔をしかめ、ラケットを落とした。


「どうかしたのか?」


「なんでもないよ。ちょっと汗で滑っただけなのさ」


「ああ、そうか」


 返事をしながら、そんなわけがないだろうと思った。

だけど、問い詰めたところで、拓馬は「なんでもない」と言い張るだろう。

それに、これは拓馬が挑んできた勝負なんだ。


 おれはそれから拓馬と真剣に試合をし、そして、その勝負に勝った。