蝉時雨を追いかけて

 麗華と別れることに後悔がないといえば、うそになる。

僕が怪我をしてから今日までなんとか生きてこられたのも、麗華がいたからだ。

拓海と麗華が浮気していると勘違いしてしまったときのことを憶えているか?

怪我によって絶望していたのも、ちょうどあの頃だ。不幸は重なるものだと思った。

気晴らしになるかと思って、煙草も吸ってみた。

そんなものはもちろん何の効果もないのだけれど、吸い始めると止める事が出来なくなった。

苦しんでいた僕を助けてくれたのは、麗華だった。

浮気などしていないのだと証明するために毎日部屋にきてくれて、煙草を止めるための協力もしてくれた。

煙草を止めてしまったせいで少し太ってしまったけれど、止められて良かったと心から思う。

麗華は僕には勿体無いほど、素晴らしい女性だ。

僕は今でも麗華のことが好きで、たぶんこれからもずっと好きだ。

だから、一生守ってあげたいと思っていた。


 それでも別れようと決めたのは、拓海がいたからだ。

最近は麗華との会話の中でも、拓海の名前が出てくることが増えた。

麗華も拓海を信頼しているように見えた。だから、決めた。

麗華にふさわしい人間は、僕ではなく拓海だ。

麗華を守ることが出来るのは、僕ではなく拓海だ。

この場所から離れる僕の願いを、一つだけ聞いて欲しい。



麗華を、幸せにしてあげておくれ』