蝉時雨を追いかけて

『拓海へ


 この文章を読んでいるということは、僕は受験に成功したということかな。良かった。

そうでなければ、この手紙を拓海に渡す意味がないから。

僕は麗華と別れることにした。新しい僕としてやり直したかったからだ。

この家からも、街からも、麗華からも離れて、遠い場所で一から自分を作っていきたいのだ。

理由は、拓海も気付いていたかもしれないけど、テニスが出来なくなってしまったことだ。

上腕骨内側上顆炎、別名フォアハンドテニス肘という怪我らしい。

絶対に治らない怪我というわけではないのだが、僕の場合は無理をしすぎたみたいで、いくら頑張っても腕が上がらなくなってしまった。

僕からテニスを無くしてしまったら何も残らない。麗華と付き合う資格がないのだ。


 僕は、拓海のような人間になりたかった。

頭が良くて、友人に恵まれて、誰にも負けない根性もある。

拓海には、テニス以外何をしても敵わない。

だからこそ、テニスでは負けないように努力してきた。

だけどその努力も、怪我のせいで無駄になってしまった。