サングラスを外しながら、キッチンのコーヒーメーカーの前に立っているお母さんは、昨日の昼間のお母さんと同じだった事からしても、昨日の泣き声が夢だった様な気配は強まっていく。



「いつもどこで練習してるん???」

「あぁ、明日連れてったげるわ。」



お母さんは嬉しそうな顔をした。



「再来月ね、スウェーデンで舞台があんの。練習追い込みだからキツいキツい」


ため息をつきながら、ソファーに座ってテレビをつけた。スペイン語のニュースは、あたしには全く理解不能だ。



「分かるの??スペイン語」



あたしも隣に座って聞いてみた。すると、お母さんは大笑いして『もちろん』と言った。



その日は、お母さんと2人で夕飯を作って食べた。『この野菜は隣のおばさんに貰った』とか『どこどこの店の赤ワインが美味い』とか、本当にどうでもいい事。



「そういえば、あんた…いつまでこっちに居られるの」



食事中、急にお母さんは真面目な顔で話を振ってきた。



「後5日かな。今日が7日やろ…11日には昼前の電車乗らなきゃね」



そう返すと、真面目な顔から今度は寂しそうな顔になった。


「そ…か。」



何だか、胸が締め付けられる思いがした。