つい先ほどまで、ここにいた。

隣に立つ髪の長い女のマリアとではなくて。


背丈もそこそこの、細身の普通の男子のマリアと。
ここで、悪魔の公爵と対峙していた。


赤黒い山々に流れる溶岩の河。
それから放たれる硫黄の鼻をつくような臭い。
どこからともなく聞こえてくるのはうめき声。
すすり泣き。
恨み、妬む声。


地獄にいると胸がムカムカする。

吐き気とも苛立ちとも言える思いがムクムクと首をもたげる。


ここに長居はしたくはない。


できれば、すんなり『例の魂』を連れ出せたらそれが一番だ。


空を見上げる。


山々と同じ、空の色。

そこに浮かぶのは異様なまでに黄色に染まった月だ。



「地獄の月が沈むまで……時間はあってないようなものね」


山の端ギリギリに浮かぶ月を見て、マリアはそう呟いた。



それほど短い時間の中で魂魄の形を失うほどの痛みを受けるということなのだ。



「心配?」


マリアが視線だけをこちらに向けてそう尋ねた。