一生分の恋

私は小学校の頃から水泳やバレーボールで鍛えられたせいで、腕力には自信があった。腕相撲も女子が相手では負けた事がない。

どちらかと言えば華奢な部類に入るマイの腕を振りほどくのは簡単だった。

しかし、背中に感じる温もりを、柔らかな香気を、唇に押し当てられている愛おしい手のひらを、自ら解き放つ気など毛頭なく、適当に抗う振りをした。

こうしてじゃれ合っている今がとてつもなく貴重な時間に思えて、とても幸せで、涙が出そうになった。

時間が止まればいい。

しかし無情にも時計は針を進め、やがて7時になろうとしたとき。

「もう帰ろ」

不意にマイがつぶやき、腕の力を抜いた。

この教室に時計があった事を猛烈に恨めしく思いながらも、平静を装って応えた。

「そうだね…」

その後は二人とも無言のまま、コートを羽織って、学校指定のカバンを背負って。
連れだって教室をでて、階段に向かって長い廊下を並んで歩きながら。

「ねぇ、だれなのさ」
「教えないってば」
「ずるいよ」

先程までのやり取りを蒸し返してみた。こういう状況の方が、本音がポロッとこぼれる気がしたから。

しかし、これっきり会話が途切れて辺りは静寂に包まれた。二人分の足音だけが響く廊下。
いつの間にか灯りも消され、お互いの顔がなんとか解る位に暗い。

彼女が動く気配がして、そっと右を伺った。

マイが、さっき私の唇を塞いだ手のひらを自分の唇に当てている。
そして、聞き取るのが困難なくらいの小さな声で
「間接キスだね」

と…

途端に胸が激しく痛んだ。再び心臓が激しく鳴りだす。これは、心の歓喜の叫びだ。
マイは自分の事が好きなんだ!
しかしなんと返せばいい?!

頭はフル回転で稼働しているが、昇降口に刻々と近付く。
何か言わなきゃ!
確認をするんだ!マイの気持ちを、はっきりとマイの口から聞き出して…!

でも、頭の隅では別の声がする。

間接キス…

もう確認なんかしなくても大丈夫…
間接でもキスできたし、しかもマイから貰ったようなものだ…

じゃあもう一度手を握ってみようか。それで拒まれなければ…