「こんなの…もうやめなよ」

表情はよく見えなかったが、声色に心配している感じがにじみ出ていた。
マイがトイレを出て行って、独りきりになった瞬間に、涙がこぼれ落ちてきた。

マイが自分を心配している。気を使っている。
マイから話しかけてくれた。マイが自分を…

夏の終わりまでは、この出来事の余韻だけで、そこそこ幸福な日々が続いた。

あまり会いには行かなかったが、用事があれば話しかけたり、話しかけられたりしながら。

腕の切り傷は治り、傷跡を少し残した。

しかしこのの充実感も長くは続かず、時間が経つにつれ、また不安がつのってきた。

マイがクラスメートたちと楽しげにしゃべって笑っている。誰かを家に入れたらしい。

独占欲が頭をもたげる。
こちらを向いて欲しい!
ふと、二人きりのトイレでの時間が蘇った。
「自分のために止めてくれ」と言ったときの、心底、心配している声。

この日の夜から、また自傷行為を始めた。
やっぱり跡が残った方がいいと思い、今回は火傷にした。

マイナスドライバーをロウソクの火でじっくり炙る。そのドライバーを、切り傷の傷跡の上から押し付ける。

脳天を突き抜けるような痛み。

三回、四回と繰り返す。
そのうち、感覚がなくなってくる。こうなればしめたもので、長くあぶったものを、長い時間押し付ける事ができる。

そして水ぶくれになる。直径3センチほどの水ぶくれは、翌朝にはパンパンに水を含んで、1センチは膨れ上がった。

そのまま学校に行くと、いつの間にか水疱はつぶれていた。切り傷より痛みが強い。

マイを見つけた。廊下で仲間数人と談笑している。
傷が疼く。
不思議と、傷が痛んでいる間は、心配されていなくても安心できるのだった。

そもそも、傷つけるたびにマイに見せに行くような格好悪い事はできない。
マイの事が好きだ、という事実を実感するためには痛みが必要だった。

泥沼にはまっていく。

「傷ひとつないキレイな肌」ではなくなった。
髪も切った。

自分は男になれる。
小さい頃から男の子になりたかったんだから、大人になってお金がたまれば、オッパイを取る手術をしよう。

マイの事が好きなんだ。傷が痛む。