愛しいキミへ




お母さんはそう言ってあたしに財布を手渡した。
そうしてからにっと笑った。

「頼んだわよ!」

その笑顔はとてもあたしのお母さんとは思えないくらい綺麗でちょっぴりお父さんがうらやましくなった。
あたしの好きな人もかっこいいよ…
お父さんみたいにあたしもその人とくっつけたらいいのに。

「…分かった!急いで行ってくるね」

後ろを向くとすたすたと出口から出た。
今日は大事な日なんだからいつまでも油を売ってないで早くいかないと!
それでいっぱいいっぱいだった。

店の外に出て周りを見ると奥の方から隼人が自転車を押してやってきた。

「裏から出て自転車借りてきたんだ。乗ってください」

あたしよりも全然長い脚で自転車にまたがるとあたしを見て言ってきた。
いや…乗ってって。
誰かの後ろに乗るのは抵抗あるけどそれより今の優先順位は卵。
そう判断して思い切って乗った。

「…よし!」

こぎ始めた隼人の背中は広かった。
遠慮がちに隼人のTシャツを掴む。
初めて触れた男の人の背中は暖かかった。
でも、それは隼人の背中。
星斗の背中じゃない…

それは何だか悲しかった。
あたしの初めては全部星斗にあげたかった。

抱きしめられたのは初めて。
告白したのも初めて。

これからも続く未来を信じて初めてをあげたかった。

でも、今はしょうがない。
これだけ、これだけは隼人にあげよう。
後はぜーんぶ星斗にあげるんだから。

「ちゃんと掴まって」

隼人は片手で運転しながら器用にあたしの手を自分の腰に引っ張ってきた。
仕方なくあたしは隼人の背中に手を回す。
おっきい星斗じゃない背中。
星斗の事を考えるとあたしはダメになる。

馬鹿みたいに何もできなくなっちゃう。

だからあたしは卵の事を考える事にした。