*

あのスタジオの出会いから毎日、彼らの練習がある放課後は、隣の高校に通うようになった。
「ナナコちゃんってお兄ちゃん子だね。」
せいじやケンチャンに冷やかされても、しんちゃんにあうためなら「うん、隠れブラコン」と兄を利用するようなことも言えた。
ブラコンでもなきゃ、シスコンでもない。
淡々とした兄弟関係なのに。
兄はナナコの気持ちをしってか知らずか、ほっといてくれるのがありがたかった。

でも、ほかのメンバーとは仲良くなれても、しんちゃんとはなかなか距離が縮まない。
そして、ナナコにとって最初は優しいお姉さんだったようこが、次第に嫉妬の対象になるのに、さほど時間はかからなかった。

その日、ナナコはいつもよりはやめに指定された練習場所に向かっていた。
もしかしたら、しんちゃんとふたりのチャンスがくるかも。
そんな期待をしても、妄想にすぎないことは百も承知だった。
でも、しんちゃんにふれたいという妄想は、ナナコの全ての行動の動機になっていた。
息をはずませて教室に向かう途中、ひそひそとだれかが会話する声が階段に響いてた。
(あ、ようこさん?)
と思った瞬間、やな予感が走った。
「もう、しんちゃん、エッチ!ナナコちゃん、そろそろくるんじゃない?」
囁くような声なのに、廊下の反響でぼやけているのに、いやにはっきりとナナコの耳に届いた。

ああ、キスしてるのかな。

金縛りにあったかのように、体の全てが固まった。
膝がガクガクと笑い出し、もう歩けないかのように感じるのに、まるでネジをまかれた人形のように淡々と体は教室にむかっていた。

わたしも、
しんちゃんに
ふれたい。

瞬間。
呪いのような思いが全身を覆い尽くしているのに、
膝もわらっているのに、
正直にげだしたいのに、
ナナコはなぜか教室にむかっていた。

「お、ナナコ?はやいな。」

呪縛をとくように、兄の声が廊下に響き渡った。
ナナコは、はっとして兄の顔をみた。
突然、空気のなまあたたかさや、まわりの音が、まるで忘れられてたことに対して非難するようにナナコを襲った。
「どうした?顔色わるいぞ。」
洋介がいいきるか否かのタイミングでナナコの意識は暗闇に落ちた。

また、
今日も、
しんちゃんに
ふれられない。