俺は何も語らず、叶の体裁を受けた。


叶の荒い息だけが聞こえ、ようやく落ち着いたかと思った瞬間、叶は俺の首根っこを掴み海へ放り投げた。


俺の体半分は、真冬の海に浸かった。


「後で……沈めてやる」

そう捨て科白を残し、俺の血で染め上げられた拳を海の中へ荒々しく入れた。


憧れ、あんなに慕っていた叶さんを裏切ったのは俺。

断ることはできたはずだ。

リエさんにも、触れないでいようと思えば触れずにいられたはず。

だけど、ほっとけなかった。


寂しくて、誰かにすがりつきたくて、好きな女に振り向いてもらえない苛立ちと葛藤に俺は負けたのだ。


何も言い訳はしない。


自ら、叶との関係を壊した。


仰向けの状態の俺の視界には、月が映る。


海の遥か先には暗礁が微かに海面から顔を出し、月の光を浴びてきらきらと輝いているだろう。


虚ろなままの俺の瞳には、じわじわと熱い何かが溢れ、海へと流れていった。