何ぞあれ。何々ぞ、あれ――。

 おれは一瞬、いや、かなりの間自分の目を疑った。おれは今一体何をみたのだろうか。

 扉を開いてところすぐにある長椅子の一番扉側。

 そこに、いる筈のない人がいた。

 うん、おれは疲れているんだ。今頃になって受験の疲れが津波の如く襲ってきたに違いない。きっとそのせいで幻覚を見てしまったのだ。

 大丈夫だ、きっとおれの幻覚だ。おれが中二病のせいで幻想を追いすぎた故に、あんなもの見てしまったんだ。

 しっかりしろ、おれ。現実に帰るんだ。

 よし――。

 おれは再び扉を開いた。何故だか微妙に、この世のものではないような不思議な音がした。今思えば、本当にそれはこの世の音ではなく、あっちの世界へと繋がる扉を開いてしまった音だったのかもしれない。

 そして、やっぱりそこにその人は座っていた。

 ああ、神様――貴方は一体おれに何を望みたもう。

 そこに座っているのは、漆黒の長い艶のある紙を後頭部で一つに束ねた女性だった。前髪は目の上で切り揃えられている。

 横顔は鼻筋が通り過ぎていて、とても日本人とは思えない。黒い瞳を佇ませた大きな目は前を見ているようでしかし、気だるそうに視線が動いている。見る限り、かなり身長は高そうだ。

 それは、入学式の前に眩暈で座り込んでいるおれにぶつかってきた、あの黒髪の女の子だった。