丘のてっぺんまで登り、俺はペダルから足を離す。夕陽が、俺達を優しく包み込む。



「…わぁ…綺麗」



その声に俺が反応する。



「あぁ…綺麗だ。でも…」



──お前の方が綺麗だよ。

そう言おうとしてその人の方を振り向く。


振り向いた途端、驚いた。



その人の顔はぼやけていた。まるでフィルターを何枚も重ね合わせたみたいに。
顔だけが不明瞭で、誰か判別できない。



「なに?歩人」



…だが


そうだ。俺はこの人が誰か、知ってる。



…知ってるのに、名前が出てこない。



「…誰、だっけ?」



無意識に声を出す。その人は一瞬止まった後、笑いだした。



「…わからないの?」



その人の言葉が、曇る。まるで、人と人との間にガラスを隔てたような、そんな感覚。



誰…なんだ?



呟くように尋ねるが、それはもう言葉になっていなかった。

辺りが暗くなってくる。おそらくその人との距離も、定かにできないほど開いてる。


それを承知の上でもう一度、尋ねた。





──…誰だ?









「愛美…だけど」