とりあえず鏡を見るタキの邪魔をしないように避けながら洗顔。さっき『あっち』と顎で示された棚から、青いビンの化粧水を取り出す。


「それだって全くの安物って訳じゃないからな」

「分かってる…ありがとうございます」


この暴君は、頼んではいないけれどそれなりに良いモノを勝手に買い与えてくれて、更に感謝しろと仰る。

納得いかない気持ちは心の奥にしまいこんだ。

化粧水を出した棚の中には、俺の『そこらの女子』がどれくらい使っているのかはわからないけれど、きっと『そこらの女子』並もしくはそれ以上に増えている美容用品。もちろん俺が買った物ではない。


「お前の顔気に入ってんだから、しっかりケアしろよ?」


タキに気に入られてしまったこの顔面が、俺たち2人を繋ぐ唯一の綱。
つまり『お気に入りはそばに置いておきたい』という人間の心理のせいで俺は今ここにいる。


「でもさすがにこれは買ってきすぎじゃ…」

「うるさい黙ってろ。初めはシノがオレに一目惚れだったくせに」


思い出したくもない1ヶ月ほど前の出来事を思い出さないように、タキの言葉を遮ってバタバタとヘアアイロンをプラグイン、スイッチを入れた。
毎日これを駆使してセットするおかげで、髪はけっこうな痛み具合。

茶色く脱色した髪は高校に入学した時から。密かに気に入っている赤のメッシュは明らかな校則違反。


「タキ、シノ、おはよー」

「あ、おはよう、ホシ。」

「おはよ。ほら、髪」


毎朝の光景:20代も半ば過ぎた男が明るい茶髪の女子中学生の髪をツインテールに結い上げる。
シュールな光景に苦笑しながらYシャツを着て、温まったアイロンで髪を伸ばしていく。


「お前時間いいの?」


タキに言われて時計を見るとちょうど8時半になったところ。

急激にやる気を無くした。

着たシャツを脱ぎ捨てて、さっきまで寝ていたベッドに潜り込む。目を閉じて押し寄せるのは幸福感で、何もしないのは幸せだと再確認した。