伍

「君は商業高校の何科に入ったんだい?」
 先程登ってきた坂道に向かって、僕と女の子は歩き出す。
「わたしは事務科!」
 今度は僕の手を握らずに、それでも僕を引っ張るかのように斜め前を歩く。
「専門的な授業は始まったのかい?」
 女の子は僕が質問するたびに、僕の方を見る。
「んー……まだかな?あ、でもこの前少し授業したかな」
 僕と女の子は石畳の坂へと辿り着く。灰色の、それよりももっと黒に近い灰色の石畳。その上に舞い降りた淡紅の、桜色の花びら。
 その上を歩く。すれ違う人は誰もいない。
「道さんは高校行ってないんだよね?何で?」
 今度は女の子が僕に質問する。
「そうだね、学校はね、僕にとっては忙しすぎる所なんだよ」
「忙しすぎる?」
 女の子は頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。そして僕を見て首を傾げる。
「そう」
「ふ~ん」
 女の子は分かったのか、分からなかったのか、それとも興味がなくなったのか、生半可な声を出して、また前を向く。
 その後は何も話さず、石畳の小さな坂を降りる。
 坂を下った所には、天守閣跡よりも少し広い広場が広がる。
 そこにも人影はない。
 女の子はその広場でも立ち止まり、空を見上げた。
 僕は女の子の隣りに立ち、同じように空を見る。
「空が好きなんだね」
 僕は空を見上げたままそう聞く。
「うん」
 女の子も見上げたままそう頷く。
「空って不思議だよね。何で青いのかなあ?」
 女の子は子供のような質問を言う。それは僕に聞いたのか、それとも独り言なのか。僕には分からない。
「空気は透明なのに、空気が集まった空は青……不思議」
 僕は空を見るのを止め、今だ見上げている女の子の真剣な眼差しを見て、微笑む。
「別に青じゃなくてもいいのに……」
「君は空の色は何色が良かったんだい?」
 女の子は考えこむ。
 下から登ってきたのか、僕と考えこむ女の子の横を一人の女の子が通り過ぎる。何処かの高校の制服を着、小さなカバンを右手に持つ。
「やっぱり青色かな」
 女の子は僕の質問にそう答える。
「青色が一番綺麗だし、一番合ってるもんね」
 女の子は嬉しそうに僕を見る。
 風が女の子の髪を揺らす。
 広場には女の子の髪と一緒に揺れる大きな糸桜。