肆

 八重桜――
 花びらが幾片も重なって咲く桜。
 他の桜よりも遅れて咲くその桜は、淡紅色の花びらが咲き乱れる。
 それが八重桜。そして、
 ――牡丹桜。
「君のお父さんは元気かい?」
 空の青は変わる事がない。
「元気だよ」
 いつまでも見ていたい澄んだ青。
「妹さんは元気かい?」
 春の色。
「うん」
 僕と女の子は地に身体を横たえたまま、いつまでも空を見上げていた。
 女の子は起き上がろうとしない。空をいつまでも見上げる。そんな女の子の上に、一片の桜の花びらが舞い落ちる。女の子はそれを払いもせず、ただ空を見上げる。
「君と妹さんは同じ高校に行ったのかい?」
 僕がそう聞くと女の子は、
「ううん」
 と、首を振った。
 頬に揺れ落ちた淡紅の花びらが、女の子の頬から滑り落ちる。
 僕は身体を起こし、桜の幹に身体を預ける。女の子は僕の隣りでまだ横になったまま。
「わたしは商業高校に行ったけど、八重は普通の高校に行ったよ」
 僕は静かに女の子の話を聞く。
「わたしは八重と違ってあまり勉強が得意じゃないから、将来仕事に就くことを考えて商業高校にしたのに、先生達はずっと大学受験、大学受験。そればっかり」
 僕は一年前に会った、もう一人の女の子を思い出す。今、目の前に横になっている女の子と瓜二つの女の子。唯一の違いは髪にしている桜の髪留めの位置。
「八重は、わたしと違って勉強が出来るし、勉強が楽しいって言ってる。だからきっと高校卒業したら進学したいと思ってると思う」
 一年前はいつも二人でいた女の子達。まるで一人のように、まるで一つのように。
 それでも二人はどんなに似ていても別々の人間。大きくなればなるほど、二人は別々の道を歩む事になる。いくら双子とは言え。
「だから!」
 女の子はそこで身体を起こし、僕を見る。そして微笑む。
「わたしが働いて、八重の学費を払うの!」
 女の子はスッと立ち上がって、高校の制服に付いた春の土を払う。
 僕も立ち上がる。
「お父さんばっかりに迷惑かけれないもんね」
 僕は小さく笑う。
「君は妹思いで、優しいお姉さんだったんだね」
 僕がそう言うと、女の子は嬉しそうに、そして少しばかり恥ずかしそうに僕を見る。
「そうかな?」
「そうだよ」