弐

 平日だからなのか、それとも昼間だからなのか見物人の姿はなく、ただ僕と女の子の二人だけが桜並木の間を歩いていた。冬の雪と同じように、桜の花びらが舞い落ちる。
「わたしね、高校生になったんだよ」
 女の子は嬉しそうに話し出す。
「君ももう高校生なんだね」
 僕は歩きながら言う。
「高校ってさあ、思ってたよりあんまり自由じゃないんだね。せっかく受験が終わったって言うのに、もう大学受験、大学受験って先生達はそればっかり。わたし頭良くないから嫌になっちゃう」
 僕の横を歩きながら、女の子は溜息を吐く。
 僕は女の子のその仕草を見て、小さく笑う。
「あっ!道さん今笑ったでしょ!?」
 女の子は目ざとく見つけ、頬を膨らます。
「確かにわたしは馬鹿だけどさあ……」
 少し落ち込む女の子に僕は声をかける。
「僕が笑ったのは、君が元気そうだったのを見ることが出来て嬉しかったからだよ」
 それを聞くと女の子はパッ顔を輝かせ僕の顔を見る。
「ほんと?やっぱり道さんって良い人だね!」
 そう言う女の子に、僕は笑顔を向ける。
 それから暫しの間、何も話さない時間が続く。
 桜吹雪の中を女の子は僕を引っ張るようにして歩く。
 僕と女の子は緩やかな坂を登る。その坂の向こうには天守閣跡。
 春――
 生命が芽吹き、大地が無彩色の世界から、まるで絵描きが塗ったように様々な色を付け始める季節。
 四つある季節の中で最も色彩に溢れるこの季節は可憐な花を咲かせ始める。その中でも桜は春を代表する花。
 その季節を表わす色は青。それでもその季節は桜色で染まる。
 それが日本の春。
 女の子と僕は石畳の坂道をゆっくりと、それでも確実に登って行く。
 何かを目指すわけでもないのに、目的地はないのに、僕と女の子は進む。
 僕は僕の少しばかり前を進む女の子の横顔を覗く。
 僕と女の子の間を、淡い桜の花びらが揺れ落ちる。
 女の子は僕に気付き、嬉しそうに微笑む。