序~壱

「私はこの季節が好きなのよ」
 女は言う。
「だって、花が綺麗じゃない」
 女は嬉しそうに歩く。
「私は特に桜の花が好きね。愛らしいし、見ていて幸せな気分になれるのよ」
 二人で歩く道の両端には、満開までには少し足りない桜の木が立ち並ぶ。
「それが、名前の由来ですか?」
 僕は聞く。
「そうよ。いい名前でしょ?」
 女性は微笑みながら僕を見る。
「ええ」
 僕は頷く。
 それから暫しの間、沈黙が訪れる。風で揺れる桜の木。その中を二人で歩く。
 不意に僕の少し前を歩いていた、その女性が立ち止まる。そして桜を見つめたまま口を開く。
「ありがとう。最後に子供達に会わせてくれて……」
 僕は微笑む。
「いいえ、それが僕の仕事ですから」
 風を受け、桜の花びらが舞う。