拾弐

 僕は構内へと入ってきた電車の風を体に受ける。
 この電車に乗ればまた僕の一人旅が始まる。
 電車は速度を落として行く。
 もう二月も終わる。
 白い冬が過ぎれば、次に訪れるのは命を吹き込む春。色は青。
 僕を乗せ、南へと向かう電車はゆっくりと止まり、ドアを開けた。
 僕と同じ電車に乗ろうとする人は誰もいない。
 ボストンバックを掛け直し、僕は乗り込もうと足を進める。
「まって!」
 呼び止められる。
 僕は振り返る。
 そこにいたのは白いコートの女の子。
 肩で息をしながらドアの近くまで近づき、僕を見る。
 僕は微笑む。
「彼は行ってしまったんだね」
 まだ涙の跡を残すその女の子は小さく頷く。
「はい」
 それから頭を下げた。
「ありがとうございます。彼の為にも、私の為にも」
 僕は言う。
「気にしなくてもいいよ。それが僕の仕事だからね」
 女の子は顔を上げる。
「彼が言ってました。放っておいても勝手に消えて行くはずだった俺のことをわざわざ助けて、最後のチャンスをくれて、ありがとう。そう伝えてくれって」
 電車が出る時刻まであと少し。
「彼は心の優しい人だったんだね」
 僕がそう言うと、女の子は微笑んだ。
「はい。彼は優しい人でした」
 構内にドアが閉まる合図が流れる。
「あのう、最後に聞いてもいいですか?」
 女の子は聞く。
「何をだい?」
 僕は聞き返す。
「お名前を教えて下さい」
 その声と共にドアが閉まり始める。
 僕はただ微笑みを返すだけ。
 閉まったドアの向こう、そこには白いコートの女の子。
 その子が口を開いて何かを言う。
 声は聞くことが出来ない。
 それでも僕には女の子が何を言ったのか分かった。それは、
 ありがとう。
 女の子は微笑を僕に向ける。
 温かな柔らかい風が吹く。