拾

 杏は靴を履き直し、玄関の扉をパタンと閉め、鍵を掛けた。
 両親は今日は遅く帰ってくる。だから少し位遅くなっても大丈夫。そう自分に言い聞かせ門をくぐる。
「よう」
 その声を聞いて杏の全てが停止した。ゆっくりと横を向く。
「どうした?そんな驚いた顔をして」
 杏の横に立っていたのは、茶色い髪の背の高い男。
「コウジ……なの?」
 杏の言葉を聞くと、男は声を出して笑った。
「アハハハ、何だよ、俺のこと忘れたのか?」
 杏は思いっきり首を振る。
 忘れない。忘れるわけがない。この一年間ずっと彼のことを考え続けてきたのだ。
「でも、どうして……」
 彼、コウジは一年前に死んだはずなのに……
「おいおい、約束したじゃないか。一緒に雪祭りに行こうって。約束守りにきたぞ。……って、おい!泣くなよ!」
「だって、だって……」
 杏はコウジに抱き付いた。
 ……温かい……
 なぜ一年前に死んだ彼が、今この場にいるのか?杏の頭の中をそんな疑問が過ぎる。杏はもう一度確認するように顔を少し上げ、コウジの顔を覗き込んだ。コウジは昔と変わらない笑顔で杏を見ている。
「何かさあ、昔と逆だよな。ガキん時は俺がよく泣いてたけど、今は杏の方が泣き虫だよな」
 コウジは杏を見ながらそう言った。それを聞くと杏は顔を赤くし、コウジから離れた。
「私、そんなに泣き虫……かな?……」
 杏がそう言葉を漏らすとコウジはさらに笑う。
「杏の泣き虫は今に始まった事じゃないしな。それより早く行こうぜ、雪祭り」
 変わらない。昔と何も変わっていない。杏は自分の横を歩くコウジの横顔をそっと見、それからコウジの左手をそっと自分の右手で握る。
 白い頬を赤く染めながら自分の左手を握った杏を見、コウジは笑顔を向け、握り返した。目が合うと慌てて顔を逸らす杏の姿が初々しい。杏は凄く恥ずかしいのだろう、もう二度と顔をコウジの方へ向けようとしない。それでも握った手は離さない。
 コウジは顔を正面に向ける。ここから大通り公園まではそう遠くない。歩いてもいける距離だ。分かりきった事を思い、それから隣りを並んで歩く杏の顔を盗み見る。まだ顔を赤く染めている。それでもその表情は明るい。