僕は女の子の問いに答える。
「何でもないよ。それよりも、もうすぐ君が降りる駅だよね?良かったね、無事に着いて」
 女の子は少しの間戸惑っていたが、すぐに笑顔になる。
「うん。もしかして、お兄さんと一緒にいると、絶対一〇〇%安全に目的地に着けるの?」
「そうだね。それが僕の仕事だからね」
『次の駅は、』
 女の子は声に出して笑う。
「変な仕事」
『お降り口は右側です。』
 今までの放送となにも変わらない放送が電車内を流れる。
 女の子は溜息を吐く。
「そっか……お兄さんとはここでお別れか……」
 電車は速度を落とし始める。
「そうだね」
 窓からは家々が見える。
 駅はもうすぐそこ。
「そうだ!お兄さんの名前、まだ聞いてなかったよね?何て名前?」
 僕は答える。
「聞かないほうがいいよ。一度聞いてしまうと、会いたくなってしまうだろ?君とはもう会うことは無いからね」
 少し残念そうにする女の子。
「そっか……でも、お兄さんって大人だね。凄くカッコいいこと言うもん。あたしもお兄さんみたいな大人になろ!」
 電車は駅の中へと滑り込んで行く。
 僕は笑顔になり、言う。
「君も頑張れよ」
 女の子もそれに答えるように笑顔になる。
「うん!頑張る!……あっ!そうだ!お兄さん携帯持ってる?」
 僕は首を振る。
「いや」
 僕の旅に、携帯電話は必要が無い。
 電車はゆっくりと止まる。
「そっか……それじゃあ、さっきの紙を貸してよ!あたしの携帯の番号教えてあげるから、暇な時にかけて」
 女の子は僕から紙を受け取り、またシャーペンを取り出し、番号を書き始める。
 電車のドアが開く。
 澄んだ空気が、車内に満ちる。
「そうだ。あたしの名前はね――」
「紅梅茜だろ?」
 女の子は驚いて手を止め、顔を上げる。
「え?え?あれ?何で知ってるの?あたし喋った?」
 僕は小さく笑う。
「それよりも、ほら早くしないとドアが閉まるよ」
「あ、う、うん……」
 女の子は名前と番号を書き、その紙を僕に渡す。