その後、私は樋口雄大が既にフランスに旅立ってしまった後の留守の合い間にあのアトリエを兼ねた屋敷を飛び出していた。
幸い荷物は亜紀ちゃんとのおしゃべりが夢中で、それほど荷をといてなかったからすぐに鞄に詰め込んで逃げるように飛び出して行ったものの、戻る場所がないのに気づいた時は、既に電車に乗って何駅も過ぎた頃だった。
どこに向っているのかも考えず、ただ本能のまま逃げ出したのだ。
大学時代に住んでいたアパートも既に引き払っているし、新しく借りるだけの余力は今の私には無い。
泣きついて実家の親を頼るのは簡単だが、あの家には天宮由佳里と言う人間は既に存在していない。