《もしもーし? イッペー? お前、何してんの? オレら、もう飲んでっから、早く来いよ》


「おー。わかってるって。今そっちに向かってるとこやねん」


高校時代のツレから飲みに誘われたのは昼過ぎのことだ。

今夜は特に予定も入ってなかったから、誘いに乗ることにしたのだけど。

明日から始まる新学期に向け、色々と準備をしていたため、アパートを出るのが遅くなってしまった。

約束の時間はすでに過ぎてる。


《あと、どれぐらいかかりそう?》

「うーん……そやなぁ……」



携帯を耳にあてながら、人ごみを早足ですり抜けていく。

真新しいスーツに身を包んだいかにも新人って感じのサラリーマンの集団とすれ違った。

近くの公園からは、花見客の騒ぐ声が聞こえる。

春だねぇ……うん、春だ。

この国の住人がいつもよりほんのちょっと浮き足立つ。
そんな季節。


《おーい、イッペー?》

「あーうん。もう5分もかからんわ。とりあえず電話切るで」


電話の相手からは急かされているというのに。

オレは、ふわふわと目の前を舞うものに気づいて足を止めた。

見上げると、歩道沿いに植えられた桜の木がその花びらを散らしていた。


春だ。


あの子に初めて出会った桜の季節が……


またやってきた。