てとてとてと

「歯形が……血が……」


「大げさだよ。ちゃんと、絆創膏張ってあげたでしょう?」


「噛み付きを前提で持ち歩くな」



 少し早めの通学路を、
 二人で並んで歩く。


 茉莉との遭遇を恐れた結果だが、物の見事に裏目だった。


 部活動をしていない限り、まず歩かない時間だ。



 今日のホームルームも、睡眠時間確定である。



「……あれ? 久坂さん?」



 茉莉がおや、と首を傾げる。


 確かに、彼女の言うとおり。


 昇降口のところで、ぼんやりと佇んでいた。



「こんな時間に、珍しいね」



 久坂は部活動をしていない。

 加えて日直でもないし、
 この時間に見かけることは、まずないはずなのだが。



「……茉莉、ちょっと待ってろ」



「え、こーすけ?」



 アレは、立ち止まっているというより、茫然としている。


 目の前の現実が信じられず、

 まるで悪い夢を見ているような、

 そんな悲痛な背中だった。



「……なるほどな」



 一歩近づくたびに、その理由がわかる。


 一歩近づくたびに、腸が煮え繰り返る。



「やあ、久坂。」


「――――!!」



 いつも通りの気やすさで、声を掛けた。

 まるで、親の仇といわんばかりに、鋭い視線で睨まれた。


 しかし、怖くはなかった。


 その瞳の奥が、
 微かに震えていたから。



「朝、早いんだな。君」



 だから、わざとらしく続ける。


 それで日常が保たれるなら、安いものだ。



「……っ」



 だが、久坂は走り去った。



 長い金糸を翻して、凄まじい早さで、靴も履かずに。


 俺は、追い掛けなかった。

 ただ、掃除用具入れから、バケツや箒を持ち出した。


 生徒の登校が本格的になるまで、あと十五分ほどだ。


 それまでに、
 このゴミ山を片付けなくては。



「弘瀬も呼ぶか。人出が足りない」


 だが、その必要はなかった。