――ふっふっ、ふっふっ。

 春が訪れ冬の寒さが後を引く三月に、
 何とも似付かわしくない声が迫ってくる。

 規則正しい息遣い、
 ジョギングをしている軽やかさで。

 ――ピッピッ、ピッピッ。

 ワンテンポ遅れて聞こえてくるホイッスル。
 これまたジョギングに合わせたリズミカルさで迫ってくる。

 彩音は、その誰に気付いたろう。
 茉莉は、これから何が起きるか考えただろう。
 俺は今日もいつもどおりだ、と空を仰いだ。

 ――ふっふっふっふっ。
 ――ピッピッピッピッ。

 あっという間に追い付いた二つのリズムは、
 あっという間に俺たちを置いていった。


「どこまで行くんだ千草」

「弘瀬くんも煽らないの!」


 荒い呼吸と足が止まる。
 百八十センチを越える巨体が、俺の声に振り返った。

 彼が足を止めたからか、景気よく吹き鳴らされた笛の音が止む。
 キックボードから下り、二人は揃って進路に立ち塞がる。


「よ! 今日もいい天気だな?」

「大変、お早うございます」


 元気を二週半して暑苦しい表情で、爽やかに笑う槇原千草。

 奇妙な言い回しで挨拶する、胡散臭い笑顔を浮かべる浅川弘瀬。

 同じクラスメイトだが、通学路が違うので追い付かれることなど、まずあり得ないのだが。


「今日は何したの?」

「ジョギング」

「どこから?」

「ちょっと県境から」


 近くても二十キロ離れている。
 ちょっとなんて距離じゃない。


「明日から一緒に走るか?」


 俺たちは千草の提案を揃って辞退した。無茶を言う。


「それであんたは?」

「県境に出没する、謎のマラソン幽霊の調査だ。
 千草と走っていたんだが、朝日が昇ると消えてしまってな」

「え。まじで」

「インタビューしようと思ったのだが、タイミングが悪かった」


 左手のICレコーダーはそのためか。むしろ助けてあげろ。


「仕方がないので、千草を追って帰ってきた」


 心底悔しそうな弘瀬。
 心霊話が苦手な女子と千草は、揃って震えていた。

 朝も早く、それも卒業式の当日に。
 一体何をやっているのか。