てとてとてと

「……あんた、まさか」


 わなわなと震えはじめる。

 どうやら彼女の予想を斜め上に行っているらしい。

 なので手早くすまそう。

 ――どこかでお会いしましたっけ。

 間の抜けた返事だと思う。
 だがそれ以外に返しようがないのだ。

 震えがぴたりと止むと、我が幼なじみと同じくぐわあっと吠えた。


「覚えていなかったんかい!!」


 噛み付かれないだけましだったが、怒鳴られるだけも迫力があった。


「大変恐縮ですが、記憶力だけは自信がなくて」

「たった二日前のことじゃない、ちゃんと覚えておけ!」


 二日前。
 それは雨の日で、傘を持っていないためずぶ濡れになって帰宅した日だ。

 今日はついていない日になりそうだと思っていた矢先、質の悪い雰囲気にありつつあるナンパを目撃して。


「ああ! 男に平手打ちしようとした過激な女の子か!」

「なんて覚え方よ……」

「いやあ、この現代社会に初対面相手に平手打ちなんて、止めに入らなかったらどうなっていたか」

「ふん。口で言ってもわからない相手には、体で教えてあげるしかないじゃない」


 そう言ってにやり、と笑った。
 間違いない、こっちが素の久坂だ。

 演技でできる顔じゃなかった。

 教室で見せたすました顔より、ずっと生き生きしていた。


「それであの時の女の子が、何の用だい?」


 聞いた途端、急に久坂の勢いがしぼんでいく。

 強気な姿勢が丸くなり、言いにくそうにそっぽを向いている。


「……あの、あの時は、その」


 常日頃から、鈍いだの朴念人だの異性興味なしだの言われてきた自分だが、この話の流れで何を言われるかわからないはずがあろうか。

 確信を持って、答えを先取りした。


「お礼なら別にいらないよ?」


 ぴたり、と動きが止んだ。

 丸くなっていた姿勢が、すっと伸びていく。

 はて。
 何故空気が冷たいんだろう。