てとてとてと

「私も行っていいかしら?」

「ん? いいよ」


 反射的に答えた相手は、予期しない相手だった。
 思わず気安く振り向いてしまった。

 それがまずかった。

 呼び掛けに応じるということは、会話の相手が自分だと公言するようなもので、クラス中の視線を集めてしまった。

 失敗したと思うが、だが無視もできない。


『転校生から声をかけてもらえるなんて羨ましい!!』


 目は口ほどに物を言う。
 いい言葉だと思いました。

 嫉妬と羨望の視線は、久坂には効果がないようで、自然な態度で会話を続けた。


「実はお話があって。
 一緒に行ってもよろしいですか?」


 丁寧な物腰で、相席よろしいですかと言う。


「わぁおぅ」


 すっと一歩退く弘瀬。

 はて。
 なんで楽しげに笑っている。


「いってらっしゃい、勇者様」


 初期装備で魔物の群れと戦えと。賞品を前借りで。


「何故だ。何故許すのだ!」
「裁きを下せ! 天が許しても我らが許せん!」
「まあまあ、落ち着け諸君」


 烈火のごとく騒ぎ立てる肉食獣の群れを相手に気楽に宥める弘瀬。
 今だけはその背中が頼もしかった。


「お前達の気持ちは、俺もよくわかっている」
「ならば何故?!」
「わかっているからこそ、いまは退こうではないか」


 仰々しい仕草で荒波を沈めていく。

 シリアス展開以外の空気を操ることにかけて、弘瀬は天才的だった。

 向けられている背中が大きい。


「俺たちは負けたのだ。選ばれなかった意味、わからないはずがあるまい?」
「でも大佐、俺悔しい!」
「浅川ティーチャー、恋愛がしたいです!」


 血涙流さんばかりの勢いで弘瀬に群がる男子の群れ。

 恐ろしい。当事者だったら裸足で逃げ出した。

 しかし、彼らを寛容な心で受け入れる。
 まさに菩薩か聖人君子か。

 もっとも、向けられた背中からは羽が生えていたのだが。