てとてとてと

「久坂絵理香です。両親の都合で転校してきました。
 初めての転校で緊張していますが、みなさん仲良くしてくださいね」


 天使のような微笑みを浮かべ、
 あっという間にクラスを魅了した転校生だった。


「じゃあ席は……空いているのは吾妻の隣かな」


 ――ギロギロギロギロ!


 本当にわかりやすいなあ。
 敵意に満ちた視線が集中するよ。

 後ろの席であるため、それはもうすごい集中力だ。

 久坂はそんな視線は気にせず、座する席と隣人に視線を向ける。


「――――っ」


 整った顔立ちが一瞬歪んだ。

 浮かんでいた表情は、苛立ちだった。

 何度も見たことがある、複雑な表情だ。


「まあ、他の野獣より比較的には安全だろう。では吾妻、頼んだぞ」


 拒否権はありませんね、わかります。

 唸りながら威嚇されるという、クラスの洗礼を甘んじて受け入れる覚悟を決めた。

 教卓から真っすぐ歩いてきた久坂は、椅子を引いて席に着く前に一礼した。


「よろしくお願いしますね」

「こちらこそ」


 休み時間は戦場だ。

 昼休みならともかく、まさか毎授業終わるたびに襲撃に遭うとは思っていなかった。

 かくいう原因は隣の転校生。
 元凶は愛すべき我が悪友だ。


「お嬢さん、お名前は!」


 ホームルームで名乗っているじゃないか、というのは野暮な突っ込みらしい。

 美人への第一声は名前を尋ねるらしい。それが美学なんだそうだ。

 お調子に乗った弘瀬を筆頭に、男子クラスメイトが一日中久坂にまとわりついていた。

 当然、朝の一件でヒートアップしてしまった情熱は引かず、やり場のない怒りがちまちまとぶつけられていた。


「全部落ちた?」

「細かいのがついてるな。払ってやるよ」


 ――しぱーーーん!


 学制服の上着を叩いたとは思えないほど、小気味よい音と激しい痛みに襲われた。


「どうした。蹲って」

「お前の全力で叩かれたら誰だって悶絶するわ!」

「でも全部落ちたぜ」

「……ありがとう」


 色々言いたいことはあるが、千草に悪気がないのはわかっているので怒るに怒れない。