「愛実、行くぞ」

玄関で動きが止まっている私に、紅夜さんが声をかけてきた

はっと意識を戻すと、私は昨日、買ったばかりのサンダルに足を引っかけた

「愛実、大丈夫か?」

「え? あ、うん」

私は笑顔を作る

紅夜さんがすごく心配そうな顔をしていた

『平気だよ』ってさらりと言ってしまえたら、いいんだけど…私の口からは出なかった

出さなくちゃ、言わなくちゃって気持ちはある

でも、重く圧し掛かった不安が、私が言いたい言葉を喉で遮っていた

本心は、紅夜さんに行って欲しくない

私は綾さんと会いたくない…て思ってる

でも、紅夜さんしか…いないから

紅夜さんしか…

考えれば、考えるほど、胸が苦しくなる

部屋の鍵をかけた紅夜さんが私の腰に手を回してくる

やだっ!

私はすっと紅夜さんから離れた

「愛実?」

紅夜さんが、眉をひそめて歩みを止めた

私は3歩ほど前に出てから、振り返った

「…ごめっ、でも…今は、病院に行かないと」

紅夜さんは一瞬、苦しそうな顔をするが、笑顔で隠した

「そう、だな」

本当は触れてほしいのに、どうしてだろう

今は触れて欲しくない

矛盾している

私、胸が苦しいよ