一度セシルに背を向けて、アルフレートは『支度』の為に長い廊下の扉の一つを開く。

そこは、武具に溢れた部屋だが、銃のように発達したものはない。


「やれやれ、としか言い様がないな」


目的の物を探しながら、アルフレートはそう呟く。

本来ならば迷うことなど一つもなかった。

領分を侵す者にかける情け等なく、狩り場を荒す者を見逃す道理もなかった。

……だが、迷った。

羊の声に呼ばれたのも初めてなら、赤い瞳を見て全く何も言われなかったのも、自分から温もりに焦がれたのも。

手放したくない、そう思った。

仮初の日常であったからこそ、少しでも長く続けば良いと。


「分かってはいるのだがな」


く、とアルフレートは自嘲気味に笑う。

そもそも、生きる世界が違うのだと。

自分など、羊にとっては恐怖という闇夜を横切った、気紛れな影にすぎない。

光の下で狼の正体を見てしまえば、悲鳴を上げて逃げて行くだろう。

……そして、それこそが羊のため、だ。

並べられた剣の中から、一筋の光条を引き抜く。

冬の冴え渡る月を宿した優美な刃。


「ならば、せいぜい一際恐ろしい狼を演じてやるさ」


地上に降りた霜よりも輝く刃に、アルフレートは小さく口づける。

刃の味は血を思わせる鉄の味。

燃え上がる瞳が映すのは、消える間際の赤い残照。

唇が描くのは紅い弧月。

その口許に覗くのは、白い…。






「お前の方は」

「僕は身一つですから」


セシルは碧い眼をどこか懐かしそうに細める。


「……久々に会う気がしますよ、アルフレート」

「それはこちらの台詞だ。行くぞ」


ばさり、と皮翼が風を切る。

舞い上がる影は一つ、夜の気配を身に纏って、白く、白く、それは冬の雷の如く。





Fin.