「何故だ」


軋むような声は、奈落の底から響く。

燃える赤い瞳にねめつけられても、セシルは笑いを作ったまま。


「ではどうしろと言うのです?
 お屋敷の周りは空間が歪んでいて自分の考えた場所に通じてしまうなんて言って、レナ様が信じると?」


業火の気配を纏ったまま、アルフレートは口を閉ざした。

セシルは追い討ちをかけるように言う。


「アルフレートがレナ様に何も教えず、態度を保留にしたままだから。
 このままでは誰も幸せにならないことなんて、分かっているんでしょう?」


赤い瞳が、すっと細くなった。


「……なるほど、全ては俺のせい、か」


行き場を無くした怒りは、彼自身に舞い戻る。


「言い得て妙だ。何も言い返せん」


両の瞳が瞼の裏に消える。

表情も、纏った怒りの気配も変わらない。

ただ静かに、その怒りの業火で己の身を焼くのみ。

そんなアルフレートの様子に、セシルはおずおずと声を掛ける。


「僕のことを、怒らないんですか?」

「お前のことを怒ってどうする」

「ですが!」


幾ら言ってみたところで、レナ様を止めなかったのは僕なのに。

そう言う前に、アルフレートが口を開いている。


「お前が一抹でも害意を持っていたならどうしたか分からんが……そんな奴がお前のような表情をするか」


セシルは息を飲む。


「笑っている、つもりだったんですが」

「泣き出しそうな顔で、な。
 ……さて、悠長にしている時間は無い。すぐに支度して、行くぞ」


どこに、とは聞かなかった。

山の端に赤い陽が沈む。



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