―2月26日―
 昨日、とうとう父は戻らなかった。
 昨日一晩は、私は神楽さんと一言も口を聞く事もなく過ごしたが、さすがに二日ともなると息が詰まる。私は、神楽さんの事はあまり好きではないが、黙っていても滅入るだけなので、取り敢えずこちらから声をかけてみることにした。
「お父さん。帰ってこないね」
 私が呟くと、神楽さんは「鍛治さんなら大丈夫」と私を励ましてくれた。
「神楽さんは、お父さんのどこが良くて結婚したの?」
 私がそう聞くと、神楽さんは私の隣りに来て腰を下ろした。
「鍛治さんは、素敵な方ですよ。一緒にいて愉快ですし、優しいし…。それに、とても立派です」
 神楽さんは、本当に嬉しそうな笑顔を作って私にそう言う。私は、父のだらしない部分ばかり思い浮かぶので、神楽さんが言うような『立派』という言葉は今一ピンとこなかった。
「立派…ねぇ………。山マニアで、仕事馬鹿で、凝り性のクセに飽き性で、電気も戸締まりも何もかもヤリッパーなお父さんのどこが立派なんだか………」
 私が父の悪口を言うと、神楽さんは、「そういう所が全部好きです」と、恥ずかしげもなく答えた。
「じゃ、父はどうして神楽さんと結婚したのかな?お母さんの事、忘れちゃったのかな?」
 私は、本来父にしなくてはいけない質問を神楽さんにぶつけてみた。
「鍛治さんが私と結婚した理由?……そうね、同情…………かしら?」
 神楽さんはそう言うと、少し悲しそうな笑みを浮かべていた。