私の住んでいる街から長野の祖母の元へは、高速道路を使っても三時間はかかる。途中、父は車の長旅に慣れない女のために休憩を何回もとったので、車での道のりは更に長い物に感じられた。
「あ~あ、つまんないなぁ」
 道中、私は何度もそのセリフを呟いたが、それが、あの女と一緒にいるからだという事を、父は気付いていただろうか?時より深いため息をついて私の事を諫めた父に、私は母の話を持ち出そうかと思ったが、それは止めておいた。父は父なりに母の死を悼んでいるのを私は知っているから…。
 車は恵那山トンネルを抜け、雪を頂いた駒ヶ岳を背景にどんどん進んで行く。天気が良く、空気が澄んでいる時には富士山も見えるのだが、ここ何年か、私は遠くに見える富士山を目にしてない。今日こそは見えるかとずっと窓の外の風景に目を向けていたのだが、やはり、富士山が見えることはなかった。母と一緒にいた頃には、結構見えてたのにな…。
「鍛治さん。鍛治さんの実家は、高速をおりてどれくらいの距離にあるんですか?あの、もし良かったら、運転かわりますけど…」
 女が、父への点数稼ぎにしおらしい事を言っていたが、父はそんな女の申し出を断った。
 車の旅は、時として私を退屈にさせる。特に、嫌いな人間がいるときはその感覚が顕著に現れる。私は、もう何度も見たことのある変わり映えしない風景と、スピーカーから流れてくるつまらないラジオにうんざりして、ちょっと、女をからかってやることにした。
「そうだ。神楽さん。お父さんの実家の事が知りたいんだよね?私が話してあげようか?」
 私がそう申し出ると、女は驚いた顔をして、まるで本気のような作り笑いを浮かべながら私に話をするよう求めた。