「いらっしゃいませ。あ、祐姫(ゆうき)ちゃん!」


マスターはあたしのこと「ちゃん付け」で呼ぶ。何だか照れくさいけど、ちょっと嬉しいのでそのままにしている。


「マスター、こんばんは。遅くなっちゃってごめんなさいね。」


「いやいや、仕事で疲れてるのにわざわざ悪いね。あいつも今こちらに向かってるみたいだよ。祐姫ちゃん、ビールでいいかな?」


「ええ、お願いします。」





あたしは良く冷えたビールを流し込む。ちょっと小腹が空いていたので、マスターご自慢の鴨のリエットをバケットの上に乗せたものを注文した。

家の近くでこんな洒落たものが食べられるのも、マスターが元々フレンチのシェフでもあるからだ。このお店はそんなマスターの手料理を楽しみにくるお客様が多いのも納得出来る。あたしはとろけるような鴨のリエットとカリッと焼かれたバケットに舌鼓を打ちながら、残りのビールをぐいっと飲んだ。

すると誰かが店内に入ってきた。

「祐姫ちゃん、来たよ。おう、孝行(たかゆき)こちらでお待ちかねだぞ。」


マスターが親しそうに手を上げた。入り口のドアへ目をやると、長身のスーツを着た男性がこちらを向いて一礼した。