「お母さん、アイス食べたい」
 私はノンスリーブのワンピースのすそをひらひらと、はためかせながら、母に言った。
 夏の日差しは容赦なく照りつけ、肌がひりひりと痛む。
「もう少し早く言えばよかったのに。
おじいちゃんの家の近くにはコンビにも商店もないのよ」
 母はため息混じりに答えた。
 母に言われなくても、毎年来ている祖父の家だ、私だってお店が近くにないのを知っている。
 つまり、ないものねだりなのだ。
 1時間も前に見た31アイスを思い出し、あの時食べておけば良かったと今更ながらに後悔した。
 私は仕方なく、すっかりぬるくなったペットボトルのお茶を飲んで喉を潤す。
「ほら、もう少しよ。アサコ」
 母は大きな旅行かばんを少し振り回して、私の顔を覗き込んだ。
 まるで少女のころにタイムスリップしたかのような母の笑顔をみて、私も笑顔になる。
 
 夏休み。冬休み。この二つの行事があるとき、必ず行くのは母の実家だ。
 今回は父の仕事が急に忙しくなって、一緒に来ることが出来なかったが、いつもは私たち家族三人で祖父の家に泊まる。
 父方の祖父母は、私が生まれるずっと以前に亡くなっていて、顔もよくわからない。
 昔、父が私に写真を見せたことがあったが、私の反応がそっけなかったのだろう。
 写真も、祖父母の話も、父はしなくなってしまった。
 幼心に祖父母の話はタブーなのだ。言ってはいけない話題なのだと、そう思った。
 なので父方の祖父母は知らない。
 私の身近な『他人』。そんな感じの遠い人だ。