美味しいものが入った紙袋は、持ち帰った他の荷物たちと一緒にテーブルの隅にあった。
帰宅直後は疲れて何もする気になれなくて荷物はそのまま……。
かろうじて、秋ちゃんや田丸先生や今日来られなかったゼミ仲間からの祝電を引き出しにしまっただけだった。
「それ、僕の実家の近所にある和菓子屋の包みだ」
「そうなの? じゃあ中身はお饅頭とかかな?」
お菓子かな?とは思っていたけど、大当たりで心うきうき。
いそいそと包みを開けると、その中身は――。
「洋菓子ですね」
「洋菓子だね」
餡子とは無縁で、大きな大きなまんまるの――。
「おおーっ。“満月バウム”ですって」
「あの店、いつからこんなの始めたんだろ……」
箱の中身はとっても立派で美味しそうなバウムクーヘン。
「あ、まさかお義母さん、ハネムーンのムーンと掛けて月?」
「いや、あの人は何も考えてないでしょ。満月ってフルムーンだしね」
「新婚なのにフルムーン……」
「ほらね、何も考えてなさそうでしょ」
「でもでもほら、フルムーン旅行に行く頃まで末永く仲良くって意味とか?」
「優しいなぁ、詩織ちゃんは。まあ君がそう言うなら、気の利いた母親の心遣いってことにしておこうか」
などと話しながら、しげしげとそのシロモノをしばし見つめるふたり。
「今日って満月じゃないですよね、確か」
「残念ながら」
彼は壁に掛かった月齢カレンダーを見ながら言った。
毎日の月の形がわかるカレンダーはふたりのお気に入り。
彼も私も月にはちょっとした思い入れがある。
知り合ったばかりの頃、どきどきしながら一緒に見上げた満月。
初めてこの部屋で夜をすごした日の三日月。
ケンカしたとき、姿こそないけれど仲直りをそっと見守ってくれた新月。
ふたりの思い出の風景に月は欠かせない存在だったから。
「もっとも、今夜は曇り空だからね。満月でも見えたかどうか」
「でも、我が家的にはくっきりぽっかり満月ですね」
「だね。紛れもない満月だ」
箱の中にどっしりと鎮座する満月バウム。
心なしか得意げで誇らしそうに見えるのは私だけ?
結婚式という人生の節目、ふたりの新しいはじまりの夜にひょっこり顔を見せてくれた美味しそうな満月。
まんまるの満月バウムに心なごませ、彼と私は顔を見合わせにっこり笑った。
「じゃあ、僕はお茶を淹れようかな」
「んじゃ、私は切り分けまっす」
「あ、切っちゃうんだ?」
「えっ」
「なんてね」
「もおー、切りますよお、食べますよお。美味しく食べてこそデス」
「はいはい」