准教授 高野先生の結婚


“靴ごろん”に始まり、リハーサルは失笑と苦笑の連続だった。

ブーケセレモニーの練習では、私が寛行さんの胸にさしたブートニアが、彼がおじきをした途端にぼとりと落ちたり。

誓いのキスの説明では「場所は口でも額でもいいが写真撮影を考慮して必ず三秒静止してください」と言われて。

それでもって、心配なので三秒間のキスの予行演習をしたら(しかも場所は口で)、「リハーサルでホントにする人は普通いない」と言われ……。

結局、何ひとつそつなつこなせないまま本番を迎えることになってしまった……。


進行上、新郎は先に入場して新婦を待ちかまえる(?)かたちになるので、寛行さんはスタッフの女性に案内されつつ一足先に礼拝堂へ。

ド緊張する父と娘と、それを見守る久遠さんだけが最後に残った。


「あのね、お父さん」

「うん?どうした?」

「小学生のときにね、クラスの親子レクリエーションかなにかで二人三脚したの覚えてる?」

「ああ、そんなこともあったような……」

「そのときね、私たちぜんぜん転ばなかったんだよ」

「そうか……そういえば確かに、そうだったかな」


その思い出を愛しむように懐かしそうに目を細めるお父さん。

私ってば、はるか昔のことを唐突に思いだしたりして……。

そんな自分がなんだかおかしくて。

そんな今がなんだかちょっぴり切なくて。

曖昧な笑みを浮かべて目を伏せた。


「お二人とも、そろそろお時間ですよ」


久遠さんの声に、お父さんと私は一瞬顔を見合わせて、それから気持ち姿勢を正して前を見据えた。


「詩織さんもお父様もどうぞリラックスして、お式を楽しむようなお気持ちで……なんて、難しいですよね」


ちょっぴり困った顔で微笑む久遠さんに、お父さんも私もやっぱり困ってふにゃりと笑う。


「お二人とも大丈夫ですよ。二人三脚よりもずっと楽チンのはずですから」


うん……そうだよね、大丈夫なんだもん。

大丈夫、みんなみんな大丈夫なんだから。

そうして――あたたかい励ましを胸に、花嫁と花嫁の父は神様と皆が待つ礼拝堂へ歩みを進めた。


“高野”という姓にもずいぶん慣れた私だけれど、今日だけ……お式の間だけは懐かしい“鈴木”の姓に戻る。

一応まだまだ新婚だし「初心にかえる」という言い方もへんだけど、神の御前で愛を誓い直すような? 

バージンロードを無事に歩ききった私は、ここに集う皆のまえで今一度、彼に真剣に求婚された。


「僕と、結婚してくださいませんか?」


その言葉とともに差し出されたのは、素晴らしくアレンジされた白い芍薬のブーケ。

もちろん、答えは決まっている。


「喜んで」


私は清らかに香る生花のブーケを受け取ると、そこに予め忍ばせてあったブートニアを彼の胸ポケットにそっとさした。