とりあえず、いつまでも廊下で立ち話というのもおかしいので……。
彼が手洗いうがいと着替えをすませてから、お茶を飲みつつカクカクシカジカあらためて事情を説明した。
例のCDの、あの曲を聞きながら……。
「そうか。こういう歌詞だったっけね」
「知らないで歌ってたの?」
「うん、忘れてた。メロディーだけ印象に残ってて、歌詞は――」
「うんにゃかにゃかにゃか?」
「そっ。うんにゃかにゃかにゃか。まったく、忘れっぽくて困ったもんだね」
「困ったもんです」
やれやれと苦笑いする彼と、それを見てくすくす笑う私。
口元の運んだ湯呑から、ほうじ茶の香ばしさがふわっと香る。
からだも心もほっこり和むあったかい香り。
「それはそうと。明日の準備なんかはどう?順調?」
「うん。家族への連絡も全部完了だし。カスガイにも電話したし。あっ、森岡先生には会った?会えた?」
「そうそう。会ってあらためて明日のことを頼んでおいたよ、うん」
「ならよかった。あとは――」
フランソワによそいきのリボンを巻いてあげること。
それから……。
「手紙は?昨日の夜に書けたんだよね?」
「それはまあ、一応。なんとか……」
結局は、最後の最後に残してしまった大仕事。
両親への手紙を読み返してきちんと封をすること。
私はよっこらしょっと立ちあがると、本棚に隅に置いておいたその手紙を手にとった。
昨夜のうちに何度も何度も読み返し、清書もしてある。
それでも……なんとなく、その時その場で封をすることが躊躇われて、できなくて。
だけどもう、時間だもの。
私はその淡い水色の封筒から、中に入っているお揃いの便せんを慎重に取り出した。
そして、折りたたまれた便せんをそっと開いて目を通しはじめた。
彼に背を向けながら、部屋の片隅で。



