ジェネシス(創世記)

友人の唯一の救いは「主」への祈りと、自分の身代わりとなって死んでいった、家族への思いであったことだ。

生きること、生き抜くこと、そして愛する家族のために、この残虐な事実を「子孫たち」に語り伝えなければならない。それだけが、生きる希望だった。

 だが友人は、四人のドイツ兵に捕まった。イギリス軍との戦いに敗れて、ドイツ兵たちも山の中をさまよっていたようだ。

幸いにも友人は、大学では医学部に在籍していた。本来なら即座に射殺だが、負傷したドイツ兵を手当したために一命だけは免れた。

 また学生時代、レストランで調理のバイトをした経験があったので、友人は調理係兼医療従事者として雇われた。

とは言うものの、この冬の山の中に、食材などあるはずもない。イノシシや鹿を撃ち殺して、それで飢えをしのいでいた。

 時に、軍曹に殴られた友人が、ナイフを持ってにらみ返したことがあった。軍曹は、挙銃を友人の顔面に突き付けた。友人は、黙ってナイフを引っ込めた。

「ナイフは調理するために使用し、メスは人を治療するために使用する道具であって、決して他人を殺めるために使用するものではない」

 友人は、軍曹をそう説き伏せた。例え憎いドイツ兵でも、ナイフで殺傷することは許されない。それが料理人としての、プライドだった。

それ以来友人は、軍曹も兵士たちからも信頼を得られるようになっていった。不思議な友情が芽生えた。

 友人は日記を、毎日書き続けていた。今までの出来事を書きつづった大切な書物だ。軍曹は、毎日それを読んでいた。検閲である。

不適切な表現を吟味するためだ。軍曹は検閲をしても、決して友人のことを批判することなく、黙認していた。

軍曹たちは皆、クリストス教徒で、慈愛の心をもっている。全てのドイツ人が、ユダ人の虐殺者ではないのだ。

「軍曹は知徳のある人格者だ。ドイツ人だが、他人を労い尊重することを知っている。軍曹も殺しを好まない。

ヒスター総統の命令で、動いているだけだ。戦争は人を狂気に変える。戦争が終わっても、憎しみを捨てて良き友人でありたい」

 そんなことを友人は、日記に書いていたようだ。褒め言葉の一つや二つ書いておかないと、いつ銃殺刑になるか分からないからだ。でもそれは、本心であろう。