ジェネシス(創世記)

身体不自由者だって、生きている。不幸なのは自分だけではない。他にも大勢いるではないか。片腕の人、語れない人、精神失調統合症の人、片足の人、皮膚に疾患のある人、認知症の人、やせている人、内臓脂肪過多の人など大勢いる。

 五体満足な人だって、他人には知られたくない部分で不自由を強いられているものだ。うつ病の人やノイローゼの人だって、不自由者みたいなものだ。

強慢で凶暴、殺りくを好むようなパレスの国王だって、異常者じゃないか。どこに違いがある。

 何をクヨクヨと迷う。みんな身体に欠陥を持ちつつも、それなりに努力して仕事をこなして生きているのだ。

盲目だから、何だ。おれには腕も口も足も頭脳もある。身体の一部分が欠けただけだ。だったら、他の部分で補えばいいだけじゃないか。

 サムは右手で杖を持ち、左手には麻ヒモでつながれたピイチャンとともに町の中を歩きまわった。パレス人を相手に、「出張マッサージ」を開業するようになった。

その商売は繁盛し、成功した。その間、ピイチャンは外でじっとサムが出てくるのを待っていた。

 医者の診断や薬でも治癒できない人たち、病に苦しむ人たちを助けた。ツボへの刺激、首や背骨や骨盤への矯正によって多くの患者が救われた。

 ある日、サムでも克服できない植物状態の難病者がいた。だが、ピイチャンがその患者の頬を何度もなめた時、奇跡が起きた。

身体機能が回復したのだ。目覚めたのだ。ピイチャンとは、「主」がつかわした「神の犬」だったのかもしれない。